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この副題は、拙著「応用ゲーム理論の結論」の特徴を現しているものの一つです。
この本では可能ならば、「主義・主張」というものは、「未来予測」に読み替えることを主張しています。
戦後日本が敗戦国になり、その後独立国なって以来、朝日新聞は常に「怒りを含んだ正義の主義・主張」をくり返してきました。
ところで、朝日新聞の「主義・主張」は、その正義面(づら)に拘らず「未来予測」としては、まず当った例(ためし)がないという驚くべき事実があります。
一方その「主義・主張」を逆解釈すれば、驚異的な的中率になるという事実があります。
例えば、過去に朝日新聞は、「自衛隊が出来ると戦争になる」という主張がありました。これをそのまま「未来予測」と読んだ場合、まったく当っていない事になります。
そこでその逆解釈とは、朝日新聞が「自衛隊が出来ると戦争になる
」と主張すれば、逆に『朝日新聞が「そういう心配だけはしなくてよい」と保障してくれた』と逆解釈すれば、実に驚異的な的中率になります。
「軍国主義が復活する!」これに付随して「この道はいつか来た道」。この言葉は、朝日新聞で何百回登場したことでしょうか?
これも朝日新聞が何百回も、 「軍国主義が復活する!」といっている以上、『朝日新聞が「そういう心配だけはしなくてよい」と保障してくれた』と逆解釈すれば、「未来予測」としては、
確実に当ります。
なお拙著の表紙の内側に、『日本に「軍国主義が復活しない、できない」→この的中確率は、100%である。』、『「軍国主義が復活する」「この道はいつか来た道」→この的中率は0%である。』 とあり、朝日新聞の「主義・主張」と完全に逆です。
故に、拙著を読んでいない人には、まず朝日新聞のある理念から出た「主義・主張」をそのまま「未来予測」とし
、次いでその「逆解釈した未来予測」を二つの結論と考え、拙著の副題にある[この
(二つの)結論をぜひ検証して
欲しい]と思います。
少なくともこれまでこの二つの結論は、すなわち朝日新聞と拙著の勝負は、「拙著」の圧勝というよりは、朝日新聞の完敗です。
朝日新聞の怒りを含んだ正義の「主義・主張」が、「未来予測」に読み替えた場合、なぜここまで当らないのか?
それは、「応用ゲーム理論の結論」の著者としての私から見れば、実に簡単なことであり、当然の結果です。
朝日新聞は常にある理念を絶対として「主義・主張」しているが、
如何に正義面で絶叫しようが、その理念が誤っているから
、その「主義・主張」が「未来予測」としては、当る道理がないのです。
すなわち、理念が誤っていると言うことは、理念の元になる無意識の大前提が誤っているからであり、善と悪の「キメツケ」が
誤っているからです。
いかがでしょうか?
善と悪の「キメツケ」が誤っているなど、救いがたいですね。
このように理念は、善と悪を逆転することも出来るのです。
このように、善と悪の「キメツケ」を誤った朝日新聞の「正義(?)の主義・主張」など、「未来予測」としては、当る道理がないのです。
みなさん、朝日新聞の過去の社説およびその他の記事を検証してみてください。
その「主義・主張」が、読み替え可能な「未来予測」であたった場合は、まず当った例(ためし)はないでしょう。
一方、その「逆解釈した未来予測」は、驚異的な的中率になっているでしょう。
拙著など読まなくても、拙著の副題[この
結論をぜひ検証して 欲しい]を朝日新聞の「主義・主張」を例に検証していただけば、拙著の価値が分って頂けると存じます。
このHP上で重複しますが、理念について重要過ぎる結論なので、何箇所かで記述いたします。
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「素晴しい理念」と「素晴しい結果」とは、何の関係もない。
むしろ、「素晴しい理念」と「悲惨な結果」とは、表裏一体の関係にある。
どんな素晴しい理念も、時々現実と照合する必要がある。
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ただし、いかに「素晴しい理念」が「悲惨な結果」をもたらそうが、理念は変えられない(らしい。観測結果、応用ゲーム理論は、観測の理論とも言える)。
このように理念ほど、厄介なものはない。
朝日新聞が、自己の理念による「主義・主張」が、「未来予測」として当った例(ためし)がなかろうが、理念は変えられない。
故に、朝日新聞は今後も「未来予測」としては当ることのない、そして、善と悪のキメツケを誤った「怒りを含んだ正義(?)の主義主張」からの脱皮は出来ないだろう。(この小文も一種の「未来予測」。はたして当るかどうか?)
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