マッカーサー憲法である

 ここでは、理念や感情 およびキメツケで「マッカーサー憲法」といっているので はありません。
 「応用ゲーム理論」の手法を用いて、すなわち白紙的(このページの末尾に説明)に「一覧表」を作り、「平和憲法」
「マッカーサー憲法』か分析・検討し 、そして結論を出した結果です。
 
 皆様方も、次の「分析・検討一覧表」を参考にして、ご自分の結論を出して欲しいと思います。
 なお当然ですが、次の「分析・検討表一覧表」決して完全ではありませんので(完全な表など出来ないと思いますが…)、皆様方で補足・修正して頂いて結構と存じます。
 なおこの表にどう欠陥はあろうとも(どう揚げ足を取ろうが)、白紙的分析・検討ならば、その逆の結論は出てこない筈です。

 日本国憲法(平和憲法か? マッカーサー憲法か?)

分析・検討一覧表

項  目

内     容

作 成 者

原案

マ元帥(個人プレーの色彩が濃い)

地位

連合軍最高司令官日本最高権力者

個人性格

天才中の天才、傲慢不遜、自己顕示欲が強い、好戦的。

空爆原爆等

東京等無差別都市空爆指揮者、原爆肯定論者

個人事情

当時、日本軍に最大の屈辱を味わされた復讐心は強い。

目  的

〇 マ元帥は、どういうつもり(目的)でこの憲法を作ったのだろうか?
 ・ 理想の平和を求めたのだろうか?
 ・ 
平和を口実にして日本を弱体化 しようとしたのか?
 その目的は、現在では推測するしかないが、マ元帥が平和主義の精神でこの憲法を作ったとは到底思えない。

内  容

この憲法をわずか10日足らず(実質1週間程度)で作り上げたと言われている。

憲法前文および9条は、平和主義・無抵抗主義

 マ元帥の「公 ・私」と憲法前文および9条とは、一片の整合性も認められない。
〇 この憲法を「戦勝国が戦敗国に与えた憲法」「日本を骨抜きにする目的で、平和と言う口実を付けた憲法」あるいは「狼が羊に与えた憲法」等と解釈すれば、マ元帥の「公・私」と完全に整合している。

明治憲法以上の厳しい改正規制 (自分の作った憲法が改正されることを阻止した?)

 

 

  考

位置付け

憲法を10日足らずで作り上げれたのは、フィリピン憲法 の下地があったからと言われている。

他憲法

ビスマルク憲法もスターリン憲法も、個人の「公・私」と完全に整合している (なおスターリン憲法すなわちソ連憲法は、共産主義の理想を描いたもので、実行する意思のない憲法である。 例えば、集会の自由など謳っているが、現実は集会の自由などない。ただし、スターリンも当初は共産主義の理想を求めていた)。

その他

「現在憲法で〜が禁止されている」という解釈の総てが、マ元帥「公・私」と一片の整合性も認められない。

例えば、憲法で「集団自衛権は禁止されている」という解釈について、マ元帥は、「集団自衛権」を否定する人だろうか? マ元帥は、連合軍総司令官である。そんな人が「集団自衛権」を否定するはずがない。

 
 
このように、「一覧表」を作り、白紙的に考えれば、『日本国憲法を「平和憲法」 「マッカーサー憲法」いずれかに呼ばねばならないならば、「マッカーサー憲法」と呼ぶ方がはるかに強い論理性を持っている。』と結論付けられる。

特に、
マ元帥の「公・私」と憲法前文および9条と は、一片の整合性も認められない。 』『この憲法を「戦勝国が戦敗国に与えた憲法」……等と解釈すれば、マ元帥の「公私」と完全に整合している。』という項目を特に重視したい。

 ここで白紙的とは、理念や感情を捨てるという意味ですが、この理念と言うのが厄介で、如何に現実と理念が遊離しようが理念は変えられないという性格があるようです(自分の主義・主張は、変えられない)。
 これは観察結果です。
 「応用ゲーム理論」は、観察結果を重視します。
 これら理念については、今後このHPで補足・増強していきます。ご期待ください。

 

公開質問状

 現在、日本国憲法を「平和憲法!」と絶叫している団体および個人、あるいは「九条の会」のごとく9条を死守すること(一切の修正を許さないこと)を主張している団体および個人に対して 、次のように質問したいと存じます。

 あなたは、マ元帥の言動を支持しますか?
 或いは、あなたはマ元帥の言動をどう評価しますか?
 ぜひ、お答えください。

 
 なお参考までに、私が上記の質問をされたら、次のように評価します。
(なお私はゲーム理論研究家として、左翼がよく使うような「誰々は、悪だ!」式の人物評価はしません。 マ元帥のありのままを述べたいと思います。)

 マ元帥は、超優秀な軍人です。
 彼が如何に優秀な軍人であるか、彼のスタッフを使い、一国の憲法をわずか10日足らずで作り上げようという着想 および決断力、更にその実行力、この事実だけ見ても、彼が桁外れに優秀な軍人であると評価できるだろう。
 マ元帥が、連合軍最高司令官(戦後日本の最高権力者)として、戦後の混乱した日本を統治した功績も高く評価されるべきであろう。そしてその占領政策の中の一つが、この憲法である。
 なお、彼の在任中に、朝鮮戦争が勃発したが (1950.6.25)、そのとき彼が取った言動は、元々「戦争好き」という評価があった彼だが、本当に「水を得た魚」のごとき言動の連続であった(細部の行動までは記述できないが)。これも時代を考慮すれば、大部分軍人としては、そうあるべきだろう。
 ただし、長引く朝鮮戦争を早期解決するため、中国本土爆撃を主張し、更にソ連との対決も辞せず、また原爆使用も視野に入れた発言に対して、時の大統領トルーマンと意見が合わず、ついに解任され日本を去った。
 言論統制された(操作された情報しか知らなかった)戦後の日本人はマ元帥を大いに支持したが、現在の一日本人として、マ元帥の戦中・戦後 および解任される前の言動は、とても支持できない。
 そして結論として、マッカーサーが作った憲法が、「平和憲法」であるはずがない。

 

「平和憲法!」と主張しているみなさんへ

 
 インターネットで「平和憲法」と主張している個人・団体のみなさん! あなた方のHPをもう一度見直してみてください。

 あなた方のHPでは、「日本国憲法は、マッカーサーが作った」という事については、一言半句も述べられていませんね。
 現在、HP上で、「平和憲法」と主張している団体の多くは(個人は別)、共産党系か旧社会党系の団体が大部分でしょう。
 そこで、「共産党は、マッカーサーからどれだけ弾圧を受けたか?」 これは共産党員なら誰でも知っている筈です(まだその弾圧を経験した人もいる筈)。
 それにも拘らず、そのマッカーサーが作った憲法を 共産党は有難がっています。

 「マッカーサーはどう考えて(何を狙って)、日本国憲法を作ったか?」
 「マッカーサーはどう考えて(何を狙って)、共産党を弾圧したか?」
 「共産党は、現在マッカーサーをどう評価していますか?」

 この三つの質問を同時に共産党が答えるのは、かなり苦しい答弁になるでしょう。

 「日本国憲法は、マッカーサーが作った」と言う表現に、反発する人がいるかも知れません。それでは、次の質問をして見ましょう。

 質問:「金閣寺は、誰が建てましたか?」
 回答:「はい、大工さんが建てました。」 これは、ある種のユーモア回答です。
 回答:「はい、足利義満が建てました。」 これが、本来の回答でしょう。

 
質問:「日本国憲法は、誰が作りましたか?」
 回答:「はい、マッカーサーが作りました。」 これが、本来の回答でしょう。
 

 なおこの日本国憲法は、マッカーサーの命を受けた連合軍総司令部GHQ General Head Quarters)が、内部に極秘のプロジェクトチームを作り(日本人の参加者なし)、同チームがわずか1週間で日本国憲法(英文)を作り上げました。この1週間と言うあまりにも常識外れの短い作成期限は、マッカーサーの厳命によるものです。

 これこそ「マッカーサーが、日本国憲法を作りました。」 そのものでしょう。

 なお私は、何が何でも「マッカーサー憲法」と言っているのではありません。
 「応用ゲーム理論の結論」の著者である私の根本的な考え方は、「ゲーム理論」です。
 すなわち、判断するには必要な資料を集め、「平和憲法か? マッカーサー憲法か?」 分析検討し、公正に(白紙的に、ノン理念で)判断するのが、「ゲーム理論」に取組む者の姿勢です。
 それは
、行司のような態度で、「平和憲法か? マッカーサー憲法か?」 どちらかに軍配をあげるのと似ています。

 余談かもしれませんが、行司の態度に比べ、「むかし、ある時代の、あるプロボクシングの試合のジャッジは、それはひどいものでした。」 何が何でもに、自国ボクサーに絶対有利な判定をしていました。相手国ボクサーのパンチは一切認めず、自国ボクサーのパンチだけをカウントしていたようです。ダウンさえしなければ、自国ボクサーの判定勝ちでした。

 「平和憲法!」と主張している個人・団体のホームページをご覧ください。
 一方的な論調だけを述べて(カウント)しているようです。
 一方、私のHPをご覧ください。「平和憲法である」という1項目を設けています。
 「平和憲法」と主張している団体・個人のHPにも、「マッカーサー憲法である」という1項目が欲しいものですね。

 さて、冷静に「平和憲法か? マッカーサー憲法か?」と判断すれば、「マッカーサー憲法」と判断するしかないと思います。
 そして最終的に、「マッカーサーが作った憲法」が「平和憲法」である道理がありません。
 そうでしょう。

あなたのご意見を頂きたいと存じます。

マッカーサー憲法である。
いや、やはり平和憲法である。